会長就任にあたって

真部 真里子

この度、一般社団法人日本調理科学会の会長を拝命いたしました真部真里子でございます。 これまで香西みどり元会長、綾部園子前会長の元で副会長を務めさせていただきましたが、この度、私がこの役目を担うことになり、その責任の重さを改めて実感しております。 副会長の阿久澤さゆり先生、高村仁知先生、藤井恵子先生のお力をお借りして、理事の先生方にご協力を頂きながら、学会のさらなる活性化と、調理科学分野の益々の発展に向けて尽力してまいります。

7年前、私は、学会創立50周年を記念した日本調理科学会誌50巻増刊号の編集に携わらせていただきましたが、 その原稿から、創成期には、「調理科学」という応用科学の学問性をいかに高め、学問体系を整えていくかに腐心されたことが伝わってきました。 今では、人が健康を保ち、快適に生きていくために必要な、安全で栄養バランスのとれた、おいしい食べ物を提供するために必要とされる、食のあらゆる内容について、 自然科学と人文・社会科学的アプローチを駆使した研究が調理科学分野にて展開されています。 創成期に尽力された先生方の熱い思いを、会員の皆様がしっかりと受け継ぎ、努力を続けた結果が今ある調理科学であると感じております。

とはいえ、近年のデジタル技術の急激な進歩と急速な一般化により、調理科学分野の守備範囲はさらに広がっています。 AI 技術の進展によるビッグデータの解析や予測結果が、食材の選定や調理法の最適化、味覚の分析、個人の栄養管理などに活用されています。 また、3Dプリンター技術による新たな食の創造、特に嚥下食においては新たな価値が提供されつつあります。 このように、今後も、調理科学分野では、これまでに培ってきた知識と技術を基に、変貌する社会の中で生まれる新たな技術や知識を取り込みながら、「食」のあり方を追求することが必要となります。 温故知新たる研究と、新しい技術と知見の追求が両輪となって進むことが大切であると考えます。

また、国連総会でSDGsが採択されて以来、エネルギー消費やフードロス、環境破壊・汚染について議論されていますが、 これらはかねてより調理科学分野で取り扱ってきた課題であり、平成11、12年には学会として特別研究委員会も発足させて研究して参りました。 そもそも、調理科学分野の研究では、日常生活の中での「調理」に関する課題を、科学的に究明し、法則性を見いだし、体系化を図ることで、 調理技術の向上や食生活に役立つ理論として社会に提供してきましたが、学会として、調理科学分野の知見を社会に還元する使命をこれまで以上に自覚し、より一層の発信力の強化が不可欠と考えています。

現代は「VUCAの時代」と呼ばれるように、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性が増す時代です。 このような時代においても、人が心身ともに健康的に生きるためには「適切な食事」が不可欠であることは揺らがぬ真実です。 だからこそ、調理科学をとりまく課題解決に向けて、柔軟かつ迅速に対応していくことが求められています。 そのためには、会員一人ひとりが知恵を出し合い、連携して取り組むことが重要です。 現在も、学会では、災害時のメニュー開発に関する研究委員会や「多様な調理法と家庭料理の伝承」研究委員会が活動しており、大会においては闊達な意見交換が行われておりますが、 今後も多くの会員の皆様、特に、次世代を担う若手研究者の斬新な発想や意欲を最大限に引き出し、自由に議論することで、さらなる活躍を後押しできるような研究活動と発表の場を提供できればと願っております。

最後になりましたが、日本調理科学会が、言い換えれば、調理科学という学問分野が、皆様の知的興奮の場となることを切に祈っております。 どうぞご支援、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。